「「トリック、オア、トリート!」」

そういって部屋に飛び込んできたのは、よく見知った、双子の兄妹。
ハンモックに体を横たえ、ママから送ってもらった雑誌に目を落としていた僕は、チラリと入り口の方に視線をやり、すぐさま雑誌に戻した。

「菓子ならそこのテーブルの上にあるぞー」
「・・・・・・言うことはそれだけ?」
「・・・・・・そうだな。菓子をくれとねだる前に、ノックの一つもしてみたらどうだ?」

この兄妹ときたら、もうすぐ13歳になると言うのにどう言うわけかノックという作法を覚えようとしない。
自分たちのタイミングでお構いなしに突撃してくる。
寝ていようが、本を読んでいようが、ちょっとした悪巧みをしていようが、こいつらにとっては些細なことでしかないらしい。
かといって、本当に都合の悪い時には入ってこないのだから誰もそれを厳しく叱ることも出来ないでいる。
どうやら、エバンナから受け継いだ魔力のおかげで若干ながら透視出来る、というのが最近になって本人たちの口から語られた。
本当なのかどうかは確かめる術も無いが、本人たちがそういうのならきっとそうなのだろう。

「ダリウスにーちゃん反応うすい」
「折角私たちが、鬱々としたバンパイアマウンテンに一時の憩いをもたらそうと派手に仮装して上げたってのにその反応はないんじゃないの!?」
「誰も頼んでないっつーの」

仕方なくハンモックから体を起きあがらせた。
よくよく双子の姿を見てみれば、いつもの簡素な服ではなく、見慣れない服を身に纏っていた。
双子がハロウィンのこの時期にお菓子を求めて練り歩く姿には皆もだいぶ慣れた。
僕自身、毎年の習慣でこうしてお菓子の準備はしていた訳なのだが、どうやら今年はそれだけではないようだ。
人間さながら、異形の者に仮装している。

兄のブレダはもふもふの耳をつけた犬・・・・・・ではなく、たぶん狼、もしくは狼男に扮しているらしい。
体を揺する度にお尻の辺りに垂らしているしっぽが揺れた。
それなりに完成度は高いようだが、どうあっても犬に見えてしまうのは、彼が足下に本物の狼を従えているからだ。
マウンテンの周辺に住み着き、彼になついている一匹なのだろう。
クワッ、と欠伸を一つ漏らし体を小さくしてその場に丸まった。
狼はどう言うわけか唐草模様の包みを首のあたりに結びつけられていた。

妹のティーダはサテン調でオレンジ色のバルーンスカートをつけていた。
所々に黒い模様が見えるが、あれはジャック・オ・ランタンを模しているのか?
これ見よがしに被った三角帽と、先端に星飾りのついたステッキを持っている。
さながら魔女と言ったところだろうか。
肩からは長い紫色のマントを羽織っており、奇抜な格好をするものが多いこのマウンテン内においてもかなり目立つ格好に仕上がっている。

「だいたい、お前等のそれは仮装でも何でもないだろ」

狼の腹から生まれた魔女の産んだ子供。
仮装ではなく本物だ。

「事実云々はどうでもいいの。気分の問題よ。ほらほらよく見てよ。結構似合ってるでしょ?」

クルリ、ターンを決めてみせる。
空気を含んだバルーンスカートがふわりと広がり、一層カボチャらしい形になった。
ふむ・・・・・・なかなかどうして似合っている。
・・・・・・じゃなくて!

「ったく、誰がそんなもん用意したんだよ・・・・・・」

このマウンテンに住み着いているのは昔に人間を捨てた人ばかり。
読み書きすらまともに出来ない者が多いというのに、こんな近代的な仮装の風習を知っている者がいただろうか?

「アニーママのところに遊び行った時くれたんだよ」
「ママ・・・・・・・・・っ!」

久しく逢っていないママに嘆く。

「『ダリウスはもう着てくれないだろうけど、二人は着てね』だって」
「するわけないだろこんな恥ずかしい格好!?」

仮装したのなんて、10歳かそこらくらいまで。
それだって家のシーツを頭から被っただけだ。
それを20歳を優に過ぎた大人にしろって言う方が無茶な話だ!
・・・・・・いや、確かに体の方はまだまだティーンエイジャー前半期のままだけど、さ。
そこは精神的な問題で。

「ダリウス兄ちゃんの分も預かってるよ」

従えていた狼に結わえてあった包みを外す。
中から出てきたのは、外側は真っ黒で内側は真っ赤なマント。
それから、簡単に付け外し出来るおもちゃの牙。
・・・・・・これって、もしかして・・・・・・。

「バンパイア、だって。アニーママったら冗談利いてるわ」
「ナイスジョークだね」
「ジョークにもなってないよ・・・・・・」

本物のバンパイアがバンパイアの仮装してなにになるって言うのさ。
我が母親のことながら何を考えているのかわからない。

「僕はもうハロウィンなんてガキの遊びは卒業したの!お菓子ならそれみんなやるからどっか行けよ!」
「そうはいかないぞ!ダリウス!!」

突如木霊する声。
猛烈に嫌な予感がして、でも確かめなければ、もっと悲惨なことになる気がして、声のする方に視線を向ける。
それは双子が入ってきたのと同じところ。
けれど、その視線はずっと下の方に固定しなければならない。

「今年はTrick or Treatなどと生ぬるい決まり文句は廃止だ!」
「・・・・・・ハーキャット・・・・・・今年もテンション高いな・・・・・・」

ババーン!と。
効果音が入りそうなほど勢いよく登場したリトルピープルのハーキャット。
普段は知識人として振る舞う彼が、どうしてかこのハロウィンの日には毎年盛大にはっちゃけるという不可思議な現象が起きる。

『そもそもあいつはこういう無駄な遊びが好きなんだ。昔からそうだった。
 闘技場での騒ぎは嫌いなくせに、ガキみたいな遊びには真剣になって。
 大体、死んでるくせにはしゃぎすぎだ。いろいろ考えた俺がバカみたいになる。
 死者の魂が蘇る日だからとか訳のわからんこといいやがって。あいつの考えていることは今も昔もちっともわからん』

師のバネズはそんな風に語ったが、僕にはいまいちピンとこなかった。
ハーキャットにはハーキャットじゃない一面があるのだろうか?
よくわからない。

「なになに〜?何なのハーキャット!」
「聞いて驚くな・・・・・・っ!今年は『Trick and Treat!』お菓子もらっていたずらもする!」
「やー!素敵!」
「一挙両得!」
「と、言うわけで。最初の餌食はお前だダリウス!!」

いたずら、という訳で先ほどのマントと牙を手に三人がうりうり迫ってくる。

「ちょっ!?そんなの反則だろ!?お菓子やったらさっさと次いけよ!?」
「お化けの世界にルールなどない!」
「ない!」
「なーい!」
「お菓子よこせー!イタズラさせろー!」
「よこせー!」
「させろー!」
「ふざけんな!ハーキャットなんて何食っても味一緒だってこの前言ってたじゃないか!?」

にじり寄る三人をはね飛ばし、僕は部屋を飛び出した。

「味は一緒だが心は満たされる。こんな憩いでもなけりゃあんな終わりのない湖に入ってられるか」
「はぁ!?何だよ意味わかんない!」
「わからなくとも結構!俺は地獄の底からお前たちを困らせるためだけに舞い戻った男だからな!」

あれ?ハーキャットの一人称って『俺』だったっけか?
いつもは『私』って言ってなかったっけ?

「せいぜい俺を楽しませてくれよ。俺たちの希望!」
「わぁぁん!ホント意味わかんない!バネズー!バネズー!助けてよぉぉぉぉっ!!」
「ハハハハ☆バネズは既に酒で買収済みだ!助けなど無いと思え!」
「おもえー!」
「おもえー!」
「最低だぁぁぁっ!」

全速力でバンパイアマウンテンを走り抜ける。
途中何人ものバンパイアにすれ違ったけれど、みんな見せ物を見るかのようにガハガハ笑うばっかりで一つも助けてくれようとしない。
大人なんてみんな最低だ!

「Trick! and! Treat!」
「トリック!バット!トリート!」
「とりっく!いえっと!とりーと!」
「なんかどんどん酷くなってる!?」
「ティー!お菓子が欲しいなら俺が用意を・・・・・・!」
「げっ!?ミッカー!?」

乱入してきた影は、全身黒ずくめの男。
バンパイアの世界を取り仕切る、元帥という名誉ある地位にいる人物のはずなのに・・・・・・!

「やっ!ミッカーのお菓子古くさいんだもん!」
「なっ!?」
「いつの時代に流行ったのかもわからないお菓子なんていらないの!!」
「ちゃ・・・・・・ちゃんと街で買ってきた奴だぞ!?」
「どこかの寂れた片田舎のお菓子屋さんじゃねぇ」
「ブレダまで!」
「センス磨いてきたら貰ってあげてもいいよ」
「ミッカーのセンスの無さは相変わらずのようだな」
「ハーキャッ・・・・・・・・・いや、お前のようなこわっぱに呼び捨てされる謂われはないわ!」

ハーキャットを見るなり激高したミッカーが、腰に下げていた剣を抜いた。
ハーキャットとミッカーってそんなに仲悪かったっけ?

「おっと!こりゃいけないところを怒らせた!」
「ハーがんばれー!」
「死んじゃだめだよー?それハーの体なんだから」
「俺はこれ以上死ねないさ!」

よっと、なんて軽い調子でミッカーが振るった剣先を交わしてみせる。

「だまらんか小僧!大体、お前があの時こじらせなければ事態はこんなに複雑にならずに済んだのだぞ!?」
「済んだことじゃないか。今更そう怒らなくても」

普段の何倍も砕けた調子でハーキャットが喋る。
なんか、さっきからハーキャットがおかしい。
ひとまず僕との追いかけっこは中断されたようなので足を止める。

「なぁ。ハーキャットの奴おかしくないか?」

すっかりハーキャットとミッカーの戦いの観客と化した双子に尋ねた。
しかし二人は首を傾げるだけだ。

「どこが?」
「ハーはハーだよ」
「今日は2人だけどね」
「今日は特別だけどね」
「・・・・・・どういうことだ?」
「だって・・・・・・」
「今日は・・・・・・」

顔を見合わせて、ニコッと笑う。

「「ハロウィンだもん!」」

とびきりの笑顔でそう言うが、僕には何のことやらさっぱりわからなかった。




ハロウィンなので帰ってきました。







おバカなノリでハロウィン話。

傷師弟も双子ちゃんもハーキャットもミッカーも

みんなみんな書きたかったので

ごった煮状態で詰め合わせたら大変なことになりました。

死者の魂が蘇るなら、カーダも戻ってきてもいいよね?ね?

この日だけは彼の目指した希望の世界でみんなでワイワイやって欲しいね。

そうなってるといいな。

2011/10/31




※こちらの背景は 空に咲く花/なつる 様 よりお借りしています。




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