荷物の中に、不思議なものを見つけた。
小さくラッピングされたもの。
オレンジ色の、手のひらにすっぽり収まってしまうくらいの小さな包み。

「なんだこれ?」

荷物のほとんどを僕が管理しているけれど、僕はこんなものを買った記憶もない。
僕にないなら、犯人はクレプスリーしかあり得ない。
木の根っこにできた隙間に体をねじり込んで眠るクレプスリーを叩き起こす。

「ねー!クレプスリー!クレプスリーってば!」
「・・・・・・なんだ、人がせっかく気持ちよく寝ている時に・・・・・・」

もそり、億劫そうに体を動かした。
隙間から這い出すと、眩しい光が目を指したかのように「ウッ!」と大げさに呻く。

「まだこんなに明るいではないか」
「どうせ30分もすれば日が落ちるよ」

事実、日は大分傾き西の空の向こうに消えゆこうとしている。
不遜な僕の物言いに、クレプスリーはムッとして返す。

「朝食の用意もまだ出来てないようだが?」

これ見よがしに鼻を鳴らし、クンクン匂いを嗅ぐ仕草。
だが、残念なことに空腹を満たしてくれるような香しい香りはどこからも漂ってはこない。

「今日は材料が無いから堅くなったパンしかないからね」
「師の腹を満たすのは手下であるお前の役目だろうが」
「クレプスリーが街までフリットしてくれれば話は早いんだけど」
「いちいち我が輩を当てにするな。お前一人でどうにかすることを考えんか、馬鹿者が」

堅いパンを差し出すと、かすめ取る勢いで奪い取り、ガリガリとパンらしからぬ音を立てて食べ始める。
僕は小さな鍋にその辺りで汲んできた水を移し変え、火にくべた。
程なくポコポコ気泡が浮き始め沸騰。
インスタントのコーヒーをカップに入れてお湯を注ぐ。
何とも安っぽい香りが漂った。

「ん」

クレプスリーに向かって突き出す。

「うむ」

返事なのかどうかもよくわからない声を漏らして受け取った。
ずずっ、と。
行儀の悪い音を立てて一口。
クレプスリーの皺の寄った顔に、さらに深い皺が刻まれた。

「・・・・・・不味いな」
「口開けてからどれだけ経ってると思ってんだよ。そりゃ匂いも味も変わるっての」

それでも、ただのお湯を飲むのに比べればほんの少しマシって程度。
そうじゃなけりゃこんなもの誰が飲むんだ。
クレプスリーに習って、眉間に皺を寄せながらコーヒーを口に含み、ガリガリとパンをかじった。

「それはそうと」

そういえば、僕はクレプスリーに聞きたいことがあって叩き起こしたんだった。

「荷物の中にこんなの入ってたんだけど、あんたの?」

先ほど見つけたオレンジ色の包みを差し出す。

「おぉ。そっちの荷物に紛れておったか。昨晩から探しておったのだ」

クレプスリーがヒョイと包みをつまみ上げた。

「何なの?それ」

あんまり興味も無かったけれど、味気ないご飯の調味料くらいになればいいな、程度の期待で聞いてみた。
クレプスリーは自分のことをあまり話したがらないから聞くだけ無駄かもしれないが。

「これか?」
「それ以外に何があるのさ」
「お前、ハロウィンを知らないのか?」
「・・・・・・・・・ハロウィン?」

いや、ハロウィンくらい僕も知っているけど。
僕がまだ人間だった頃は、よく仮装してスティーブと一緒にお菓子を貰いに奔走したものだ。
しかし、今はそんな昔話はどうでもいい。
僕が疑問符を浮かべたのは、クレプスリーとハロウィンというイベントが全く、これっぽっちも結びつかなかったからだ。

「あんたが、ハロウィン?」

改めて想像してみる。
なんとも・・・・・・似合わない。
あ、でもそのオレンジ色の髪の毛はちょっとだけハロウィンを思わせるかもしれない。

「じゃぁなに?それってハロウィン用のお菓子なわけ?」
「そうに決まっているだろう。それ以外に何がある」
「誰に上げるつもり何だよ。悪いけど、僕もうそんなガキっぽい遊びしないよ?」
「誰がお前にやると言った」
「・・・・・・違うの?」

てっきり、誰かの入れ知恵でハロウィンなるものを知ったクレプスリーが、僕にけしかけられる前に準備しておいた。
そんなところかと思ったのに。

「これは、アイツ用のだ」

ふと。
昔を懐かしむような、慈しむような、遠い目をした。

「アイツって・・・・・・誰?」
「・・・・・・随分昔に死んでしまった、バカな小娘のことだ」

バカな考えを起こさなければ、もっと長生きできたものを。
我が輩なんかに着いてきてしまったばっかりに、人生狂わせおった。
本当に、バカな奴だった。
クレプスリーは、優しい声で「アイツ」を罵った。

「我が輩にハロウィンを教えたのもアイツだ。始めの年は手ひどいイタズラをされてな。それに懲りて、我が輩は毎年この日には菓子を用意するようになった」
「でも・・・・・・・・・もう、死んじゃったんでしょ?」
「あぁ。もう、100年近く昔のことだ」
「ならどうして・・・・・・」
「簡単な話だ」

手にしたオレンジ色の包みに視線を落とし、クレプスリーが言う。

「ハロウィンは元々、死者のための日だからな」

「あ・・・・・・っ!」
「アイツがいつ現れてもいいように、準備は欠かせんのだよ。シャン君」
「一度でも、取りに来てくれた?」
「・・・・・・いいや。ただの一度も」

所詮、人々の間に伝わった自分たちを慰めるための鎮魂。
本当に死者の魂が現れるわけが、ない。
ないとわかっているのに、準備するのを欠かせない。
いやはや何とも滑稽なことだ。

クレプスリーは自嘲気味にそんな風に言った。

「そんなこと・・・・・・無いよ」
「・・・・・・ダレン?」
「だって、忘れないでいてくれてるってことだもん。『私』は嬉しい。嬉しいよ、ラーテン」

僕の思考の外側から、勝手に言葉が漏れ出た。

「え?あれ?僕、何でこんなことを・・・・・・?」

例えるなら、胸の辺りに不意に宿った熱が勝手に言葉になったような。
そんな感じだ。

「ま、いっか」
「変なものでも拾い食いしたんじゃないのか?」
「してないよ!」
「本当か?」

どれだけ僕のこと信用してないんだ!

「本当だよ!それより、Trick or Treat!」
「・・・・・・は?」
「だから、Trick or Treat!お菓子くれなきゃイタズラするよ!」
「何でそうなる!?」
「クレプスリーがハロウィン知っているなら遊ばない手はないじゃん!」
「さっき、そんなガキっぽい遊びはしないと言ったのはその口ではないか!」
「それはそれ、これはこれ。第一、誰の手にも渡らないお菓子なんて可哀想すぎるじゃん。さーさー、どうするの?お菓子くれるの?それともイタズラされるの?どっち?」
「うっ・・・・・・」

クレプスリーが困惑している。
いいぞいいぞ。
おもしろくなってきた。
これだからクレプスリーで遊ぶのはやめられないんだ。
お菓子が貰えたらちょっとは腹の足しになるだろうし、例え貰えなくとも大ぴらにイタズラできる大義名分を手に入れられるのだ。
これはなかなか割のいい賭だ。
お菓子をくれなかったらどんなイタズラしてやろうか?

そして。

もしも僕にお菓子をくれたなら『私』がイタズラしに出てやろう。
うん、それがいい。
きっとあの人はびっくりするに違いない。

・・・・・・・・・て。

「・・・・・・あれ?『私』って、何だ・・・・・・?」

不可思議な思考がまたしても横切った。
不思議だけど、僕はそれが不気味だとは思わなかった。
ごくごく自然に、僕の中にとけ込んでいった。

今夜は死者が舞い戻る夜。
ちょっとくらい不思議なことがあってもおかしくはない。
僕はそう結論づけて、再びクレプスリーに「Trickor Treat!」と迫る作業に戻った。




ハロウィンの夜に







突発的に書いてみました。

赤師弟と見せかけて+マローラたん。

それも「ダレンはマローラたんがタイニーの力で転生した存在」という、独りよがりな設定を挟んでみた。

ダレンに転生というよりもダレンとスティーブに魂を二分されて転生したって感じ。

ダレンとスティーブのラーテンへの依存はマローラたんが望んだ愛のあり方だったのかな、と。

ダレン→家族愛的な他者と共存していく愛し方

スティーブ→狂愛的な独占欲

みたいな感じでね。

そんなこんなで私はマローラたん転生説を私は推していくよ!
2011/10/31




※こちらの背景は 空に咲く花/なつる 様 よりお借りしています。




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