(あぁ、まただ・・・・)
ダレンは書いてしまった紙をくしゃりと握りつぶす。
これで何度目だ。
毎年繰り返すこの行為。
自分はどうかしてしまったのだろうか?
ジャパンという東にある小さな島国には『タナバタ』という行事があるらしい。
本当の起源はチャイナらしいけど、風習が根付いたのはジャパンなのだそうだ。
そこでは毎年7月7日に『ササ』という木に飾り付けをして、願いを書いた紙を一緒に吊るしておくと、彦星と織姫がその願いを叶えてくれるのだという。
いわばクリスマスの東洋版だ。
博識なドルトン先生の提案で、僕たちの学校では動物園から分けてもらった『ササ』を使って、昔からこの行事を行っている。
なんと言っても、ちょっと前までは僕も「でっかいクモが欲しい」なんて書いていたものだ。
ところが、ある年を境に、手が勝手にある不思議な願い事を書くようになってしまったのだ。
それはひどく不可解なもので、僕自身なんでそんなことを書いたのかがまったくわからない。
頭で考えたわけではないし、思い返しても心当たりもない。
にもかかわらず、毎年毎年この『タンザク』というものを目にするたびに、気がつくと書き留めてしまっている。
そのため、ダレンはこの季節が巡ってくるたびに憂鬱な気分にさせられるのだった。
書きたい願い事はいっぱいある。
クモも欲しいし、お小遣いが上がって欲しい。美味しいお菓子も食べたいし、大好きなサッカーチームのユニフォームも着てみたい。
心の中であげれば限りないほどの願い事があるのに、いざ紙を前にペンを取ると、決まって同じ言葉だけを書き留めている。
くそっ!と一つ悪態をつくと握りつぶした紙を乱暴にポケットに押し込み、「どこに行くの?」と声を掛けたママに返事もせずに家を飛び出した。
特にどこか行きたい場所があったわけではない。
ただあの部屋で一人悶々と考えていたくなかっただけだ。
そうだ学校に行こう。
この時間ならきっと誰かがサッカーをしているに違いない。
エースのシャン様が颯爽と登場!もやもやした気分と一緒にボールを蹴り飛ばしてやる!!
ダレンの期待とは裏腹に校庭はもぬけの殻。
目に映るのは悩みの元凶、『ササカザリ』が風を受けてさわさわとなびく姿だけ。
憂鬱はより一層増すばかりだ。
(こんなものがなければっ!!)
八つ当たりだとわかっているのに、それでも自分を止めることが出来ずにダレンは笹竹の根本を蹴り飛ばした。
しっかりと根本を固定された笹竹はダレンが蹴ったくらいではびくともしない。
少しばかり風になびくのが大きくなったくらいだった。
『タナバタ』なんて所詮子供だましだ!
クリスマスと同じさ。
子供の欲しいものをそれとなく聞き出すための手段でしかないんだ。
いらないいらない!こんなものなくなってしまえっ!!
そうすれば悩む必要だってなくなる。
こんな気持ちを抱かなくて済む。
なんで僕の頭をおかしくするんだ!
ガンッ!
もう一度渾身の力で蹴り飛ばした。
その拍子に一枚、『タンザク』がはらりと落ちる。
どうやら引っ掛かりの甘かったものが衝撃で落ちてきたようだ。
忌々しいと思いながらも、流石に人の願い事まで足蹴にすることも出来ず、仕方なしに拾いあげた。
『遊園地に行きたいな』
ごくありふれた、ささやかな願い。
さしあたって特に珍しくもない、ありふれた内容だった。
つい何年か前までは僕だってこんな風に書いていたさ。
でも僕にはもう書けない。
たった一つのことしか書けなくなってしまった。
思い出したようにポッケトに手を忍ばせれば先ほど書いてしまった例の『タンザク』。
この『タンザク』を吊るしたことはまだ一度もない。
こんなもの誰かに見つかったら一大事だもの。
吊るせるわけがないじゃないか・・・・・。
でも、もし
今誰も居ないこのときになら、見咎められることなく吊るすことはできる。
そうしたら
本当にこの願いは叶うのだろうか?
知りたいと思う。
何故自分がこんなことを書いてしまうのかを。
知りたくないと思う。
取り返しの付かないくらい沢山のものを失ってしまう気がして。
知りたいと思う。
書き記すたびにこの胸に浮かんでは消える感情の正体を。
震える指が笹枝を捉えた。
君を願う
名前も顔も知らないあなた。
心だけが、あなたを覚えて離さない。
師であったのか
パートナーだったのか
友だったのか
それすらも知らないのに
僕の心はあなたを望んでいる。
ねぇ?あなたは一体誰なの?
『―――パパに逢いたい―――』
てな感じの2009七夕企画第7弾!!
クレダレ前提の12巻終了後のダレン少年でございました。
リトルピープルダレンは過去の自分を救えたと満足しているけど
唯一、自分がクレプスリーと歩く15年間を味わえないことは後悔しているんじゃないかなって。
そんな気持ちを妄想補完した内容です。
ほんの少しでも後悔が現世に反映されればクレプスリーと逢えるかも知れないよね☆
たとえ師弟にならなくたって二人は心で結ばれた親子だもの。
2009/07/07
※こちらの背景は
空に咲く花/なつる 様
よりお借りしています。