当たり前のようにチャイムに伸ばした手を寸での所で引き止めた。
「・・・・・・寝てるかもしれねーのにチャイムはマズいよな・・・・・・」
確実に相手を起こしてしまう。
そうしなくてもいいように俺の手の中には鍵が託されているんだ。
「しかし・・・・・・他人の家の鍵を開けるってのはどうも敷居が高いな・・・・・・」
それも無人ではなく、家人が居ると分かっていればなおさら。
だがここまで来て引き返す訳にもいかず、俺は出来うる限り音を殺して玄関の鍵を開けた。
ドアノブを回せば、キィィィ──と控えめながらも甲高い音が鳴る。
(おいおい、何をやっているんだ俺は・・・・・・別に悪い事しているわけじゃないんだから堂々と入ればいい話だろ?)
思考と行動が全く噛み合わない。
抜き足差し足で家屋に足を踏み入れ、ほとんど同じ手つきで後ろ手に戸を閉めた。
(鍵は・・・・・・掛けておくべきか?あ、いや、ジョーのおっさんも帰ってくるだろうし・・・・・・いやいや、俺の家じゃないんだから開けっ放しってのはマズい・・・・・・か?)
逡巡の後、ロックを掛けることを選んだのがたぶん運の尽きだったのだろう。
静かに降ろしたはずの錠はガシャン!とけたたましい音を立てた。
(っ!?しまっ・・・・・・!)
途端、二階と思われる方向からグルグル響く唸り声。
目にも留まらぬ早さで巨大な影が階段を駆け降り、そして飛びかかってくる!
「のわっ!?」
高速のタックル&のし掛かりに、俺の体は逆らう事も出来ずに後方に転倒。
ガツンっ!
そして、全力で後頭部を玄関のドアに強打した。
「・・・・・・っ・・・・・・ててっ・・・・・・」
胸の上から巨大な影がべロリ舌を垂らしながら俺を見下ろしている。
・・・・・・この際、噛みつかれなかっただけで良しとしておこう・・・・・・。
「ほら、退いてくれよバカ犬」
「ワゥっ!」
何故か上から動こうとしないコロを力ずくで引きずり降ろしたところで、再び階段上から声がした。
今度は唸り声などではない。
おそるおそる、控えめな、そしてちょっとだけ語調のはっきりしない女の声。
「・・・・・・コロ・・・・・・?どうし・・・・・・た、の?」
明らかにおぼつかない足下。
ふらふらと壁を伝いながら階段の一番上から階下を覗く。
「コ・・・・・・ろ・・・・・・?・・・・・・・・・・・・!?」
そしてかち合う視線。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・よ・・・・・・よぉ・・・・・・?」
どうしようもなくて、片手をあげてみた。
なれない笑顔をつけてみたけれど、どうやってもそいつはひきつれて見苦しいだけのものだった。
「せ、せ、せ、せ、せん・・・・・・ぱ、い・・・・・・?」
ココは端から見てもひどく混乱していた。
まぁ驚くなという方が無茶な話だ。
「だろうな、どう見ても」
「なんで先輩が私の家にっ!?ていうか、やだっ!私こんな格好で・・・・・・っ!?」
「おっ、おいっ!?お前まだ熱下がっていないんだろ!?そんなところで暴れるな!」
嫌な予感がして猛ダッシュで階段を駆けあがる。
ほんの一瞬遅れて、コロも追ってきた。
(落ちんじゃねーぞ・・・・・・!?)
しかし悪い予感ほど当たるもので、二階まで後5段ほどに差し掛かった時、ココの体がぐらりと大きく揺れた。
せめて廊下に倒れてくれればいいものを、狙いすましたかのようにこちらに向かってきた。
平素であればほとんど問題なく受け止められる体も、足場の悪さと相手に踏ん張る力がないという悪条件が重なればなかなか分の悪い天秤だ。
重力に抗がうことなく落ちてきたココを右手で抱え、無理矢理伸ばした左手で手すりを掴んだ。
「っ!?・・・・・・っ、ギリッギリセーフ・・・・・・」
俺よりも早くに階上に駆け上がったコロが上から引っ張ってくれなければ、二人でもろとも転がり落ちていたことだろう。
「たく・・・・・・どこまで心配掛ければ気が済むんだこのバカは・・・・・・」
「ふぇぇ・・・・・・スミマ・・・・・・せん・・・・・・」
「立てるか?」
「は、イ・・・・・・大丈、夫・・・・・・」
「・・・・・・じゃねぇな。ったく、ホントに世話の焼ける奴だな」
自立しようとしたが傍目にもふらついていることがわかる状態。
手を離したら今さっきの救出劇が水の泡になることは明白だった。
「運ぶから暴れるんじゃねーぞ。暴れたら落とすからな」
一言だけ断りを入れて(半ば脅しだったような気がしないでもないが)俺はココの体を抱き上げた。
顔がさっきの倍くらい赤くなった気もするが構ってられるか。
二次災害が起きる前にこいつをベッドに押し込むのが先だ。
「バカ犬。部屋はどこだ?」
ゥゥゥ・・・・・・と低い唸り声を上げたが、一人では運べないことを悟るや渋々歩きだした。
ことココに関しては聡い犬だ。
対して腕の中でカチンコチンに固まったココがしどろもどろに俺に尋ねてきた。
「あの・・・・・・せん、パイ・・・・・・?」
「んあ?」
「なんで・・・・・・」
「あぁ、ジョーのおっさんに頼まれたんだよ。お前が風邪引いて寝てるんだけど、どうしても今日中に片づけないとやばい書類があるからおっさんが帰るまでお前の看病しろって・・・・・・」
「・・・・・・パパのバカ・・・・・・」
「?なんか言ったか?」
「なんでもないですっ!」
そんな短い会話が終わったあたりでコロが立ち止まってワゥ!と小さく鳴いた。
どうやら此処がココの部屋なのだろう。
不躾とは承知で部屋に入った。
「あ・・・・・・あんまり見ないで、くださいね・・・・・・?」
「見るか」
とは言ったものの、部屋に入れば目に入ってしまうのは当然のことだ。
立ち入った室内は思いの外こざっぱりとした印象を受けた。
女の部屋なんてレースとかフリルとかそんなもんばかりだと思っていたのだが、それからすれば地味と言えるのかもしれない。
もっとも、小汚い俺の部屋と比べれば綺麗で上等なものなのは間違いないが。
それほど広くない室内。
目的のベッドはすぐに目に付いた。
興味がないと言えば嘘になる好奇心を振り払うべく、ずかずか大股でベッド脇まで運んだ。
なんだか自分のしていることが猛烈に恥ずかしくなって放り出しそうになるのをどうにか堪え、ベッドに横たえた。
「さっさと寝てろっ!」
「は、ハイ」
もそもそと緩慢な動作で布団に潜り込んでいく。
ひとまずこれで二次災害の恐れは無くなった。
俺はようやく一息つくことができた。
ココが布団の中からぼぉっとした視線で俺を見上げている。
「・・・・・・何だよ?」
「せんぱい・・・・・・顔、真っ赤・・・・・・っ、!?」
突然ココはすっぽり頭まで布団を被ってしまう。
おいおい、何なんだよこの反応は!
「・・・・・・あの〜、ココ・・・・・・さん?」
「・・・・・・」
「え〜・・・・・・っと・・・・・・」
「・・・・・・」
俺が何をしたっていうんだ!?
・・・・・・いや、いろいろしちまってることは認めるけど、だけどそれは不可抗力ってもんだろ!?
「おいココっ!」
頭の先までをすっぽり覆っているシーツをひっぺがそうと掴めば、病人とは思えない力で抵抗された。
「〜〜〜っ!だ、だめですぅぅぅっ!!!」
「何でだ!理由を言え理由をっ!!」
「だ・・・・・・って・・・・・・せんぱいにかぜ・・・・・・うつっちゃう・・・・・・」
「・・・・・・は?」
「こんなに迷惑かけて・・・・・・その上、せんぱいに風邪まで引かせたりしたら・・・・・・私・・・・・・どうしていいか・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・俺は言葉もないが、多分ココは大真面目にそう思っているんだろう。
「ふ、ぇっ・・・・・・」
「っ!?ばかっ!泣く奴があるか!?」
あぁっ!これだから女って奴は!!
「だって・・・・・・だってぇ・・・・・・」
「そんな柔な鍛え方してねーし、もし移ってたとしたら今更だろーが!」
「それは・・・・・・」
「病人が人のこと気にしてんじゃねーよ。早く治すことだけ考えてろ、バカ」
ようやく、おずおずと布団の隙間から顔の半分くらいを覗かせた。
シーツの白さも相まっているのか、その顔はやたらと赤くなっているような気がした。
「・・・・・・俺のせいで熱が上がったとかだったら承知しねぇぞ・・・・・・?」
額に向かって手を伸ばしかけ、
(何をやっているんだ俺は・・・・・・)
自分の行動を罵倒した。
「・・・・・・外出てるから、熱計っとけ」
「あ・・・・・・はい」
ドアの扉を後ろ手に閉めた。
背中を扉に預けて、ずるずると床に尻を着いた。
「・・・・・・何してるんだ俺は・・・・・・」
触れるわけもないのに。
こんな体で、何をするつもりだった?
触れば傷つけるだけの体で。
布越しにしか触れない体で。
体温なんて感じられるわけもないのに・・・・・・。
「・・・・・・バカは俺の方だ・・・・・・バカ・・・・・・」
無性に、泣きたい気持ちになった。
あぁ。
本当にあいつの風邪を貰ってしまったのかもしれない。
風邪が、俺の気を弱くしているに違いない。
そうに決まっている。
そうでなくては、困る。
すぐそばでコロがクゥンと大人しく鳴いた。
こいつも部屋を追い出されているクチなのだろう。
「・・・・・・あいつを、頼んだぞ?」
右手で頭を撫でる。
珍しく抵抗しようともしない。
「俺の分まで、守ってくれよ?」
コロは返事もしなかった。
ただ、ひどく悲しい色をうつしていた。
sickness
診断メーカーで出た結果を元に殴り書きました。
それ以上でもそれ以下でもないです。
甘あまで終わらせるつもりが、最後どシリアスで落としてしまった・・・・・・。
絶賛反省中です。
2011/03/01
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。