軽食堂で休憩しようと思い、足を向けた。
何の気無しに見回すと見知った顔が集まっていた。
一人どうしようもなく気に入らない奴がいたから声を掛けるかどうか迷って、迷っているうちに向こうに発見された。

「あ、刑事さん」
「・・・・・・・・・」

そのどうしようもなくいけ好かない奴が、無駄にさわやかな笑顔を向けてきた。
腹の内を知っている俺としてはその上っ面だけの愛想笑いが癇に障る。

「そんなあからさまにイヤな顔しなくてもいいのに」
「うっせ」

どのタイミングで用意していたのか、差し出されたコーヒーをひったくるように受け取った。

「ハント先輩も休憩ですか?」
「まぁな」

控えめな態度で聞いてきたのはココ。
空いていた席を勧めてくれたが、ちょっとだけイスを離した。
油断するとオーラざっぱーん!攻撃で襲ってくるからだ。
わずかに離れた席に、心なしかオーラが意気消沈したように見えた。
対照的に、足下で寝そべっていたコロが嬉しそうにあくびをした。

「ねぇアラゴ。あんた夜暇?」
「あ?」
「夜にね、みんなで『マメマキ』しようって話してたの。一緒にどう?」
「マメマキ?」

リオが聞きなれぬ単語を口にした。

「日本の季節行事らしいですよ。刑事さん」
「・・・・・・お前に説明されると無意味に腹立たしいな」
「カルシウムが足りてないんじゃないですか?そこの骨でもかじってみたらどうです?」

後半の潜めた声に、ギャリーが一目散に逃げ出した。
まぁ別にあいつは居ても居なくてそう問題はないから放っておいていいだろう。
リオとココが居るこの場から離れてくれた方が精神が休ます。
そのうち適当に戻ってくるだろ。

「で?何なんだその『マメマキ』ってのは」
「その名の通り、豆を撒くのよ」
「畑でも作るのか?」
「違うわよ。『オニ』に投げつけて追い払うの」
「・・・・・・オニ?」
「そ。そのオニに向かって『オニハソト、フクハウチ』って言いながら投げるのよ」
「・・・・・・何の呪文だそれは」

次々と飛び出す聞きなれない言葉に、テーブルに突っ伏した。
休憩に来たはずなのに休まる気がしない。
リオが懇切丁寧に説明してくれたけど、その半分も理解できなかった。
わかったのはオニをマメでおっぱらうことと、その際の謎の呪文だけだ。

「リオ先輩。『オニ』って何なんですか?」

ココが質問する。

「ん〜。架空の生き物だから説明しにくいんだけど、人の姿をしていて角と牙が生えてる怖い顔の生き物、かな?こんな感じの」

手持ちのノートを一枚破りとり、さらさらと簡単なイラストを描いた。

「こんな風にすごい怪力持ちで、虎柄のパンツを穿いてるの。金棒とかも持ってって、人間に悪いことをするのよ」
「つっても、実在しないんだろ?」
「まぁそうなんだけど。このオニが近くにいると厄災、つまり病気とか不幸事とか、そういう悪いことを呼び寄せやすくなっちゃうの。それを追い払って、代わりにフク、幸せなことを呼び寄せましょうっていう行事よ」
「そのオニって、こっちで言うところのモンスターとか妖精みたいなものと思えばいいですか?」
「うーん・・・・・・ニュアンスとしてはデーモンの方が近いかもしれないわね」
「デーモン・・・・・・悪魔、ねぇ。そりゃあ追い払っちまった方がいいな。なぁセス君」
「何のことです?刑事さん」

あ、くそ。
こいつ二人に見えないように机の下で足踏んできやがった。
やることがセコいんだよ。

「あ!そうだ」
「ん?」

思い出したように大きな声を上げた。

「幽霊、ゴーストなんかもニュアンスが近いわ」
「幽霊・・・・・・」
「そう。不遇の扱いを受けた人が生きたままオニに転化したり、強い恨みを持ったまま死んだ人がオニとして生き返る、なんて言われるもの」
「死んだ奴が・・・・・・生き返る?」
「ま、空想上の生き物なんだけどね」

話疲れたのかうんっ!と背伸びをした。

「本物なんていないから、日本ではオニのお面を付けた人をオニに見立てるの。なんていうか、お遊びみたいなものなの。あんまり深く考えないで?」
「遊びなんですか?」
「だって、オニなんていないもの」

リオが笑う。
コーヒーを一口啜る。
でもさ、と。
言葉を続ける。

「ココちゃんとコロのこともあるし、悪いことを追い払えるなら何でもしておきたいじゃない?」
「リオ先輩・・・・・・」
「日本の厄払いがロンドンでどれだけ効果あるかはわからないんだけどね」

ぺろっと舌を出してはにかんだ。
リオはリオで、先だっての事件に心を痛めていたのだろう。
いろいろ考えて盛り上げようと考えてくれたのかもしれない。
だというのに、俺は・・・・・・。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・ハント先輩?」

横から、ココが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

「顔色があまり良くないですけど・・・・・・大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。なんでもねぇよ」
「でも・・・・・・」

足下ではコロまでがズボンの裾を咬んでいる。

「お前も、心配すんなよ」

あぁ、なんでか耳が痒い。

「最近立て込んでてちょっと疲れてるだけだって」
「それなら・・・・・・いいんですけど・・・・・・」
「わりぃけど俺、パスするは。早めに家帰って寝るよ」
「無理してまでする事じゃないからいいわよ。私たちだけでしましょ」

・・・・・・リオを纏うオーラがピリピリとして痛い。
断ったから不機嫌になったのだろうか。

「代わりにあんたにはこれあげる」
「ん?なんだこれ?」

差し出された小袋。
見慣れぬ物体に、怪訝な表情になる。

「それが『マメマキ』に使う豆よ。撒いた後、自分の年の数だけ食べると福が来るって言われてるの。マメマキはしなくても、せめてそれだけでも食べておきなさいよ」
「ああ。さんきゅ」

ポケットにねじ込むと、シャリと軽い音がした。

「なぁリオ。あれもう一回教えてくれよ。さっきの変な呪文」
「呪文?」
「『オニハソト、フクハウチ』のことでしょ?刑事さん」
「・・・・・・お前にゃ聞いてねぇよ」

セスが横から口を挟んだ。
それだけで気分が盛り下がるから、こいつが出す不快指数といったら無い。

「それ、逆に言ったりしちゃだめだからね」
「逆、ですか」
「そ。小さい子とかが間違えて『フクハソト、オニハウチ』なんて言っちゃうのよ。でもそれじゃあ『幸せが出ていって、オニがやってくる』ってことになっちゃうでしょ?」
「オニがやってくる・・・・・・」
「アラゴはそそっかしいからそーゆー変なミスしそうなんだもん」
「バカにすんなよ。そんなもん、間違えるわけねーだろ?」

そう、間違えたりしない。
間違いなどでは、ない。


 □■□


深夜のロンドン。
街のほとんどが眠りにつく時間。
静かに更けゆく夜を、廃ビルの屋上から見下ろしていた。
今夜は何も起きそうに無い。
根拠はないが直感がそう結論づけた。

「やっと見つけましたよ、刑事さん」
「・・・・・・セスか」

直感は全く役に立たないらしい。
一番やっかいな奴がやってきやがった。

「そこそこおもしろいものでしたよ、マメマキ。刑事さんも来たら良かったのに」
「むしろお前が行ったことの方が驚きだがな」

悪魔が悪魔払いに行くなんて、皮肉も良いところだ。

「別に、どうでも良かったんですけどね。でも刑事さんが困るかと思って」
「あぁ?」
「リオさんにココさん。どちらに何かがあっても貴方の邪魔になると思ったんです。例えば二人を人質にでも取られたら、きっと貴方はとっさの判断を間違える」
「・・・・・・断定かよ・・・・・・」
「否定できるんですか?」
「・・・・・・否定はしねぇよ」

その場になってみなければ、判断なんて下せない。
目の前の問題を無視できるかどうかなんて、わからない。

この行動そのものが間違いかどうかすら、わからない。

わからないけど。

「俺にはこうするしかねぇんだ」

ポケットに入っていた小袋を取り出した。
おもむろに封を切り、中身を鷲掴みにして、思いっきり中に放った。

「『オニハウチ』っ!」
「・・・・・・」

逃してたまるか。
来てもらわなくちゃ困る。
フクなどいらない。
そんなもの、俺のところにこなくて良いから。
ロンドン中のオニよ、俺のところに姿を現せ!
オニの形をした厄災よ、さっさとやってこい。
逃げも隠れもしないから。
全部耳そろえて俺のところにきやがれってんだ!!

その夜、ロンドンの街には豆の雨が降った。





full of beans






初アラゴでした。

・・・・・・節分ネタ?ちょっと微妙ですね。

アラゴ達が相手しているものを考えたら、追い払ってはまずいのでは?と思ってこんなことになりました。

時系列は黒騎士編後、白騎士編前のイメージです。

キャラの掘り下げができていない・・・・・・。

アラゴむずいです。

2011/02/03





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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