がやがや、と。
うるさいまでの人だかりをかき分けて、カウンターにたどり着く。
人混みは嫌いだ。
意図せずにこの力に触れてしまう人を作ってしまいやすいから。
それがわかっているはずなのに、何だってこの男はわざわざこんなところに連れてきたのか。
まったくもって訳が分からない。

「お前は?何にする?」
「・・・・・・クランベリージュース」
「なんだよアラゴ?わざわざ酒場に連れてきてやったのに呑まないのか?」
「勝手に連れてきておいて言われる筋合いはねぇな」

顔を背けるように、肘を突いてそっぽを向いた。
そうだ。俺は来たくてここにいるんじゃない。
無理矢理『上司命令』だなんて言葉を振りかざして引っ張ってこられたんだ。

「ま、いいけどな。じゃあ俺もそれにしておくか」

マスターにクランベリージュースを二つ頼む。
マスターは「いい大人が二人揃って酒場でジュースなんか頼まないでおくれ」と小さくこぼしたのを訊いた。

「・・・・・・人には言っておいて、お前も呑めない口か?」

顔を向けないまま、問う。
語調は決して優しくはない。
言葉の裏側では「だったら誘うんじゃねぇ」という気持ちが開けっぴろげになっている。
決して仲良しなどには見えない二人組。
それどころか自分はあからさまにいらいらとした険悪な感情を垂れ流しにしている。
いわゆる『酒を不味くする光景』という奴だ。
いらいらし過ぎて『申し訳ない』なんて考えすら浮かんでこない。

「ちげぇよ。呑めないんじゃなくて、呑まないんだ」
「ふぅん」
「・・・・・・信じてないだろ?」
「別に。お前のことなんてどうでもいいだけだ」
「どうでもいいってことは無いだろ?これから志を同じにして戦う仲間同士、腹を割って話すってのは結構大事なことなんだぞ?」
「志を同じに・・・・・・ね」

確かに、俺とオズが見据える敵は、同じかもしれない。
けど。
だから。
決定的に、違うのだと思う。
未だユアンを救う方法を見いだせない俺は、きっとパッチマンに対して全力をぶつけることが出来ない。
最後の最後で、ユアンを生かす生命線を断ち切ることを躊躇する。
だがオズは違う。
オズが見据えるのは死人扱いになっている一人の国民を救うことじゃない。
イギリスに厄災をもたらし、彼が仕える女王に仇なす存在を打ち滅ぼすだけ。

「仲間かもしれないが、同志とは違うんじゃねぇか?」

同じ敵を見据えていようと、最後には俺はこの男と相対することになるかもしれない。
その可能性を、俺は拭いきれない。

「お前が俺の敵にならないことを祈るよ。アラゴ」

マスターが差し出したグラスを受け取ると、乾杯もせずに一気に煽る。

「っ!?っぅはっ!?甘めぇぇっっ!?!?」
「ジュースなんだから、当たり前だろ?」
「っ〜っぅ!!お前、良くこんな甘ったるいもん飲めるな!?」
「甘いもん好きだし」

ちびり、クランベリージュースを啜った。
オズが言うほど甘ったるいとは思わない。
舌先に僅かに残る酸味はチョコバーとの相性も良かったりするのだ。

「あぁくそっ!慣れないもん飲むんじゃなかった」

対してオズは眉間に皺を寄せ、無理矢理といった感じでグラスを空けた。

「うぅ〜。余計アルコールが恋しくなるじゃねぇか・・・・・・」
「うるせぇな・・・・・・呑みたいなら勝手に呑めよ」
「言っただろ。俺は『呑まない』の」
「まさか・・・・・・その年にして既に肝臓が・・・・・・」
「アホか。・・・・・・と言えるほど綺麗な呑み方をしてきた覚えもないがな」

急に、オズを纏っていたオーラが沈んだ。
顔だけはへラッと笑ってみせるモノだから、それは余計に痛々しく。

「昔は、バカみたいに呑んだよ。・・・・・・皆とな・・・・・・」

『皆』という不特定多数が何を示すのか、俺は知っている。
真の意味での彼の同志、彼の家族。
パッチマンに殺された、聖守護隊の仲間達。

「ジョッキなんて生っちょろい呑み方させてもらえなくてな。基本はピッチャー単位で、悪けりゃ一人一サーバーなんてこともあった」
「体育会系バカか」
「うっせぇ。そーゆーもんなの」
「・・・・・・ふぅん」
「潰れるまで呑まされたことも一度や二度じゃなかった。『二度と呑むもんかっ!』って思う程度には流し込まれたしな。 ・・・・・・でも、やっぱり恋しくなる。命の危険と隣り合わせの中で、あいつ等とバカみたいに笑っていた日々に浸りたくなる」
「・・・・・・たまにくらいは、いいんじゃねぇか?」

そんな日々を回想出来るなら、少しくらい許されるのではないか?
作れたはずの思い出を、自らの手で手放した俺には出来ないことだが。

「バカ言うなよ。聖守護隊はもう俺しかいないんだ。敵さん方はこっちの都合に合わせちゃくれない。アルコール入っているからいけません、なんて洒落にもなってないだろ?」
「そりゃそうかもしれないけど・・・・・・」
「俺が次に酒を呑むのは、墓の中さ」

彼が、家族の墓前に捧げていた酒を思い出した。
あれは、そういう意味だったのか。
呑ませたんだ。
自分が呑めない分を。
もう呑むことのできない者たちへ。

「・・・・・・しかし、あれだけしこたま呑んでいたものをきっぱり辞めるのはなかなかしんどくてな。たまに無性に恋しくなる」

にへらっ、と。
単身オーガに挑み、討ち果たした鬼神のごとき男とは思えない表情。

「・・・・・・っ、ばっかじゃねぇの?」

自分を殺してまで、堪え忍ぶ価値のあることなのか?
命をとして果たさねばならぬ命なのか?
そんなものがあるとすれば、くそくらえだっ!

「エールビールっ!」

マスターに告げる。
「はいよ」と、やけに上機嫌で返事が返った。

「おいおい。人の話聞いていたのか?俺は呑まないぞ?」
「誰がてめぇの分なんぞ頼むかよ」

ほとんど待つこともなく突き出されたグラスを、一気に煽る。

「っおいおいおいおい!!」

あわてふためく声をよそに、一息にグラスの中身を胃に流し込んだ。
うるせぇ。
『呑まない』んなら黙って見てろ。

「っ、・・・・・・っぷはっ!」
「呑めない奴がいきなり一気呑みなんかするなバカっ!」
「・・・・・・にげぇ・・・・・・まっずい・・・・・・頭くらくらする・・・・・・」
「当たり前だっ!何考えてんだお前はっ!!」
「・・・・・・こんなもんが呑みたいとか・・・・・・お前、バカなんだろ?」

バカだ。
バカに決まっている。
どうしようもないことに命を懸ける奴なんて、バカ以外の何者でもない。
そういうバカが取り返しのつかないような痛い目を見るんだって。

俺は、知っている。

「・・・・・・バカは・・・・・・お前だよ。バカ」
「ふん・・・・・・」

お前が呑めない分を、俺が呑んでやるだなんて。
お前に呑ませる分は、全部俺が呑んでやるだなんて。
そんな言葉、言えるわけがない。

ただ、俺がわかるのは。
先に逝ったモノが望んでいるのが、残されたモノの幸福だということ。
復讐など、望んでいなということ。

そういうモノひっくるめて、俺はあいつに託された力を使いたいってこと。
あいつなら、きっとそうするだろうってこと。

ただ。
それだけだ。




バカと酒とクランベリー




「・・・・・・つーかおまえ今日バイクで着てなかったっけ?どうすんの?」
「・・・・・・二ケツで頼む・・・・・・」
「男が二人、バイクで二ケツ・・・・・・寒い絵だねぇ」
「うっせぇ。もともとおまえのせいだろうが」
「おまえが勝手に呑んだんだろ〜?俺しらねーもん!」

「もん!」とかいい大人が言うんじゃねぇ!気色悪い!!









原作ではこんなことをしている間幕なんてないんだけど、

まぁそのへんは捏造が捏造たるところということで勘弁してください。

ぶっちゃけお酒を自分の意志で呑まないオズさんを書きたかっただけ。

あと、無理して酒を呑むアラゴも。

二人って似てるようで絶対的に立ち位置が違うと思うのは私だけだろうか・・・・・・

2011/05/10




※こちらの背景は November Queen/槇冬虫 様 よりお借りしています。




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